惑溺
 
「そのうち、夫婦関係が悪くなって親父が家に帰って来なくなると、今度は実の母親に毎日手を上げられ罵倒され続けた。
あんたのせいで父親が帰って来なくなったんだって」

リョウは丁寧にコーヒーを淹れながら、無感情で静かな口調で淡々と話し続ける。
それが感情を押し殺しているみたいで、聞いている方が余計に苦しくなった。

「その頃の俺は世の中の全てにうんざりしてた。
中学に入る頃には学校にも行かなくなって、家にも帰らなくなって。
もう何もかも、どうでもよかったんだ」

コーヒーのほろ苦い湯気がリョウの頬を撫でながら消えていく。
うつむいた顔は黒い髪でよく見えなくて、彼が今どんな表情をしているのかわからなかった。

「そんな荒れてた時期に偶然出会った人がいて、俺が面倒みてやるから店を手伝えって言ってきてさ。
それが今働いてるあの店のオーナー」
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