惑溺
 
女の子はゆっくりと立ち上がり私をまっすぐにみつめた。
さっきまでの激情は嘘の様に、疲れきった無気力な表情で笑う。

「あんたも、そんな男に関わらない方がいいよ」

そう言うと、抜け殻になった体を引きずるかのような不安定な足取りで、ひとりエレベーターホールへと歩いていった。


……寒い。

気がつくと私の全身は冷えきって小さく震えていた。
どうしていいのか分からない震えに立ち尽くしていると

「入れよ」

リョウが無感情に言って私の背中を抱え部屋のドアを開ける。
促されるままリョウの部屋の玄関に入ったけれど、私はそこから動けなくなった。


リョウが、怖かった。
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