惑溺
この道を何度通っただろう。
地下鉄の駅までの薄暗い道を早足で歩く。
プリンを抱え、不安な気持ちでここを初めて訪れた時の事が、ずいぶん遠い出来事のように思えた。
あの時、彼の部屋に入らなければこんな事にはならなかったのに。
こんな辛い思いをせずにすんだのに。
いつものように、平穏な日常を送れていたはずなのに。
必死で歯を食いしばり、涙をこらえながら何度そう考えても
リョウに抱かれる以外の選択肢を思い描けない自分は、どこまでも愚かだ。
愛なんて、最初からなかったのに。
その時バッグの中の携帯が震えだした。