惑溺
「驚かせて悪かった。
たまたま駅に行こうと思ってこの道歩いてたら、店の中で由佳が泣いてるの見えたから……」
駅のすぐそばの、大きな通りに面した明るいコーヒーショップ。
窓際の席に座り泣きじゃくっていた私は、きっと人目についただろう。
聡史の学校からも近いこの場所で、こうやって出会ってしまうのも、おかしい事ではないのかもしれないけど。
だけど、偶然にしちゃできすぎだ。
「会話はあまり聞こえなかったけど、由佳がリョウって男と浮気してたってのは、なんとなくわかった」
まるで教壇に立って授業をしてるみたいに、静かな声で聡史がそう言った。
こんな時でも声を荒げることなく、落ち着いた口調で話す聡史。
でも、怒ってないわけじゃない。傷ついてないわけじゃない。
彼が大人だから、強くて優しいから、そうやって感情をしまいこんでくれているんだ。
そんな優しい人を、私は裏切り傷つけた。
「由佳、リョウって誰?」
その静かな問いかけに、私は緊張でカラカラになった喉から声を絞り出そうと口を開いた。