惑溺
一緒に地元に……?
思わず目をそらした私を見て、聡史はなんてね、と付け足すように笑った。
「悪い、冗談。
ひとりで地元に帰るの面倒くさいから誘ってみただけ。
往復の電車の中が暇でさ」
ふたりの微妙な間に、以前とは違う不自然な気遣いを感じてしまう。
聡史の優しい笑顔になんとか笑顔で返そうとしてみたけれど、二人の間の気まずさは拭いきれなくて、私は持っていたフォークを置いてドリンクの入ったグラスに手を伸ばす。
「……女のバーテンダーって格好いいよな」
そんな私の気まずさに気付いたのか、聡史は空気を変えるように明るい声を出した。
視線の先のバーカウンターには、長い黒い髪をひとつにまとめてシェイカーを振る女の人。
空に光るように浮かび上がる銀色のシェイカーの軌跡に、一瞬、目の前が真っ白になった。
胸にあの、深い霧の中にいるような息苦しさが蘇った。