惑溺
 
私の前にあるグラスはもう空で。
その中に残った氷が解けて、カランと小さな音がした。

崩れた氷を見て、聡史が小さくため息をついてから、ゆっくりと話し出した。

「……アイツ、小さい頃親に虐待めいた事をされてたらしくて、中学の頃からもう家を出て、夜働いてたみたいなんだ。
大人っぽいから、年誤魔化して働いてたんだろうなぁ、きっと」


目の前のパスタは、もうすっかり冷えきって硬くなっていた。


「今は働いてるバーのオーナーが面倒みてくれて、オーナーの薦めで1年遅れで高校に入ったみたいなんだけど。
俺が実の親に連絡したらさ、電話に出た母親が『もう縁を切ったから私には関係ない。今まで息子のせいで散々苦労させられたんだから、勝手に生きればいい』って。
なんの感情もない声で、そう言うんだ。
まるで物でも捨てるみたいに、自分の子供を『縁を切った』その一言で切り捨てるなんて。
自分の母親にそんな事言われたらと思うと、ぞっとしたよ」
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