惑溺
 
私達はあれから一度も抱き合っていなかった。
抱き合うどころかキスも手を触れることもない、不自然な形に歪んだ関係。

友達でもいいから、という聡史の言葉を真に受けて、彼の優しさに甘えているずるい私。
こうやって、こんなに近くで向かい合って食事をしているのに、ふたりの心の中はきっと全く違う色をしているんだ。

テーブルを挟んで向かい合った距離。
手を伸ばせば簡単に触れられるくらい、すぐそばにいるのに。

聡史はテーブルの上に置いた手を、ぎゅっと握りしめてから息を吐き出すように、静かに笑う。

「悪い、困らせて。
俺が友達でいい、とか言ったのにな」

目の前のぬるくなったビールを飲み干すと立ち上がった。

「もう出ようか」

「……うん」
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