惑溺
 
どうして?

こんなに遠くにいるのに、こんなにたくさん人がいるのに
どうして私に気づくの?



リョウは私と目が合うと、壁にもたれていた身体を起こし、微かに口を動かしたように見えた。


何かを、言っているの?


自分がどこにいるのか忘れそうになる。
ただまっすぐにリョウの所へ走っていきたい衝動にかられる。

どうしようもなく怖かった。
いつだって私の感情を簡単に奪い弄ぶ人。
この一か月。こんなに彼を忘れようともがいてきたのに。
こんな遠くからひと目見ただけで、私の貧弱な理性は簡単に崩される。

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