惑溺
 

生暖かい強い風がホームに吹き込んで、ふらりと体がよろけた。


冷たいタイルの壁に手をついた時、シュンシュンと独特の音をたてながら、ホームに地下鉄が入ってきた。
鉄の大きな固まりに視界を遮られ、リョウが見えなくなる。

ホームにいたたくさんの人が一斉に動き出す。
その雑踏に紛れて声が聞こえた気がした。

『由佳がリョウくんともう会わないって決めて安心した』
『友達としてでもいいから、もうすこし傍にいさせてくれないか』

こんなに情けない私を笑って許してくれる博美の笑顔。
私の口を塞いだ、聡史の震える冷たい指先……。



地下鉄から降りる人
地下鉄へ乗り込む人
人々の動きに流されて、足が勝手に車輌の入り口へと向かっていた。
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