惑溺
「由佳……!?」
薄暗い通路の向こうから、私の名前を呼ぶ声がした。
エレベーターから降りてきた聡史は、彼の部屋の前にしゃがみ込む私を見つけると、驚きと戸惑いが混じった表情で走りよる。
「どうした?今日は仕事だから会わないって言ってのに……。
来るって連絡くれれば、仕事終わらせて帰ってきたのに」
踞って震える私に触れていいのか迷うように少し躊躇った後、ゆっくりと私の肩を抱いた。
「聡史、ごめん……」
ごめんなんて、謝るくらいなら、最初からここへ来なければいいのに。
謝りながら、自分に対してそう思った。
聡史は優しいから、きっと私を拒絶したりしない。
どんなに傷ついてても、笑って私を受け入れてくれる。
そうわかってて、私はここへ来た。
それがどんなに聡史を苦しめるかもわかってて。