惑溺
「何が、本当になだよ!
お前に俺の気持ちがわかるか!」
頷いた俺の何が気に入らなかったのか、木暮は古い桜の木でできたバーカウンターをバンバン、と叩いた。
「絡むなよ」
こいつが来たのが店を閉める直前の、客がいない時間でよかった。
割りと落ち着いた客が多いこの店。
いくら知り合いだからって、他の客がいる前でこんな風に大声で絡まれたらいい迷惑だ。
「お前みたいな、一度も女に不自由したことない奴に、振られた男の気持ちがわかるかよ」
なんだ。
女に振られて自棄になって絡んでんのか。
苦笑いしながら手を伸ばし、外の店の看板の灯りを消した。
「俺にだって女に振られる気持ちくらいわかる」