惑溺
今日はイブだから、いつもより店混むだろうな。
なんて考えながら前を向いて歩き出そうとした時、俺と同じように空を見上げため息をつく人に目が留まった。
懐かしさに、胸が熱くなった。
本屋に寄ってきたのか、胸に書店名の入った紙袋を抱え、寒そうに肩を縮めて歩き出す後ろ姿。
「……由佳」
考える前に、勝手にその名前が口をついて出ていた。
自分の声を聞いてから、彼女の名前を呼んだ事に気がついて驚いた。
俺は由佳を呼び止めて、一体何を話そうっていうんだ。
俺の口から出た小さな呼びかけは彼女には届かないまま、遠くなるその背中。