惑溺

きっと、いつもの俺ならそのまま声をかけなかったと思う。
だけど、昨日木暮から先生が結婚したという話を聞いたばかりの俺は、由佳と話をしてみたかった。
きちんと向かい合って『結婚おめでとう』と言えたら、いつまでも付きまとうクリスマスの苦い思い出から、ようやく吹っ切れるような気がした。


「由佳!」

もう一度、大きな声で彼女の名を呼ぶ。
由佳はゆっくりと俺のほうを振り返って、目を丸くして口を押さえた。

「うそ……」

三年も時間が過ぎたとは思えないほど、あの頃と変わらない表情で俺を見る。

「人の顔見て、嘘ってなんだよ。驚きすぎだろ」

足を止めた彼女に、ゆっくりと近づきながらそう言うと、驚きで強張った頬が緩んで優しく微笑んだ。
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