惑溺
こんなふうに、自然に会話が出来る事が、なんだか逆に不自然だった。
あの頃はあんなにふたりきりでいたのに、会話なんてほとんどなかった。
大切な物から目を背ける様に、口をつぐんで抱き合ってばかりいた。
記憶の中の姿より少し伸びた髪を見て、ふと思い出す。
「もし時間あるなら、俺の店に寄らないか?
渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
不思議そうに首を傾げた由佳の瞳を、まっすぐにみつめながら頷いた。