惑溺
 
「大袈裟だな。
懐かしいって、この店に来たの1回か、2回くらいだろ?」

顔を輝かせていた由佳が俺の言葉に黙り込み、ゆっくりと狭い店内を見回した。

「……そっか。
いつもここのお店を思い出してたから、なんだかすごく懐かしい気がした」

ぽつりとこぼした由佳の小さな独り言に、俺は軽く目を細めただけで返事をせずに背を向けてカウンターの中に入る。

「ここのオーナーさんは元気?」

「元気だよ。
今、違う店やってる。もっと規模の大きい賑やかな店」

「へえ。じゃあここはリョウ一人でやってるの?
すごいね、店長だ」

「別に、すごくないよ。
ただオーナーが落ち着いたバーは飽きたって、俺に店を譲っただけ」

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