惑溺
そっとバッグの中に忍ばせたこの鍵に、気付くとは限らない。
気付いたとしても、そのまま捨てられるかもしれない。
それでもいいと思いながら、半分賭けを楽しむような気持ちで由佳のバッグに鍵を隠した。
コートを着終えた由佳のために、なに食わぬ顔で木の扉を開け階段の上の外を見上げると、空から白い欠片が落ちてきた。
「降ってきたな」
「あ、本当だ……」
ふわり、と白い雪の粒が重い灰色の空から降ってきて、扉から顔を出して空を見上げていた由佳の睫毛に止まった。
そっと指を伸ばしその睫毛に触れると、小さな雪の粒は俺の体温に一瞬で溶けて指先を濡らした。