惑溺
「会えてよかった」
由佳は俺の濡れた指先を見ながら微笑んだ。
「また、リョウに会えて嬉しかった」
そういって優しく笑う由佳に、どんな言葉を返せばいいのか、一瞬頭が真っ白になって何も思い浮かばなかった。
「じゃあ」
無言の俺にそう言って、由佳は階段を上がっていく。
しっかりと自分の足で階段を上り、さっていく彼女の後姿に
「由佳!」
もう一度振り返らせたくて、気づけばその名前を呼んでいた。
不意に頭の中に、木暮の言葉が浮かんだ。
階段の途中で足を止め、振り返った由佳に向かって口を開いた。
「由佳、俺は血の通った人間だよ」