惑溺

そんな私の様子を見て、博美がふふふっと声をひそめて笑った。

「いいでしょ、彼」

「彼って、あの人?」

バーカウンターの中でカクテルを作るバーテンダーをこっそり指して聞くと、博美はうっとりしたような表情で頷いた。

「バーテンダーのリョウくん。
なんか雰囲気あってセクシーじゃない?
前に会社の先輩にこのお店に連れてきてもらってから、リョウくん目当てでこの店に通ってるの」


どおりで。


「博美にしては随分大人っぽいお店だなぁと思ったら。
男の人が目当てだったんだね」

繁華街のビルの半地下にある、隠れ家のような小さめの落ち着いたバー。
艶のある古い木でできたバーカウンターと、控えめで雰囲気のある間接照明。会話を邪魔しない落ち着いたBGM。

オーナーらしき30代の男の人と、バーテンダーの彼ふたりで営業している小さなバーは、私たちが通うには少し大人の雰囲気だった。

「だって、由佳もいい男だと思うでしょう?」
< 8 / 507 >

この作品をシェア

pagetop