惑溺






「―――仕事忙しかったのか?」





正面から聞こえてきた聡史の声に慌てて顔を上げた。

「え?」

「聞いてた?仕事忙しかったのかって。
なんか由佳いつにも増してぼんやりしてるから。疲れてる?」

聡史は苦笑しながら手を伸ばし、向かいの席に座る私の頭をなでた。

古民家を改装した和風のカフェレストラン。
目の前に並ぶ小鉢に入った素朴なおかずとお豆が入った玄米ご飯。
野菜いっぱいのお汁。
温かな湯気をたてるそれに、ぼーっとしてまったく手をつけていなかったのに気が付いて思わず苦笑いした。

「ごめん、そんな事ないんだけど……」

聡史と一緒にいるのに、これからリョウの部屋にいかないといけないんだと思うと気が重くてつい上の空になっていた。

「そうか?ならいいけど」

聡史は手作りの陶器のジョッキに入ったビールを飲みながら優しく笑った。
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