惑溺
ピンポーン……
マンションの廊下に響くインターホンの音を聞きながら、リョウの部屋の前に立ちつくしていた。
携帯で時間を確認すると10時20分。
あれからゆっくりと食事を終え、聡史と別れてからここへとやってきた。
もう二度と来ることはないと思ってたこの部屋の前に。
まだ仕事から帰ってないのかな……。
いくら鍵を開けて部屋に入っていていいって言われても、他人の部屋に勝手に入るなんて、やっぱり出来ない。
肌寒いマンションの廊下で、私はため息をつき壁に寄り掛かった。
コンクリート製の壁はひやりと冷たくて、触れた場所から私の体温を奪っていく。
もう冬だな。
口から洩れた息がふわりと白く色づいたのを見て、ますます体が冷えていく気がした。
コツ、コツ、コツ……
薄暗い廊下に響いた足音に顔を上げると、ゆったりとした足取りで背の高い黒髪の男が近づいてくる。