惑溺
 
「リョウ……」

白い息と一緒に吐き出した彼の名前が、冷たいコンクリートの廊下に響く。
リョウは部屋の前に立つ私を見て呆れたように小さく笑った。

「鍵持ってんだから、部屋に入ってればいいのに。
寒いだろこんな所に突っ立って」

何の挨拶も無しに、リョウはそう言いながらドアの鍵を開けて

「入れよ」

優しいのか、傲慢なのかわからない口調で私に言った。


「……私、ただ鍵を返しに来ただけだから」

部屋の中になんて入る必要ない。
彼の言葉を無視してバッグを開けて鍵を出そうとする私に

「いいから入れよ」

リョウは腕を伸ばし私の体を抱き締めるようにして囁く。
不意に頬に触れたその吐息。
思わず昨日の乱暴なキスの感触が蘇ってぞくりと体が震えた。
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