惑溺
 
悔しがる私の様子なんか気にせず、リョウは着ていた白いシャツを乱暴に脱いでシンプルな黒い薄手のニットに着替える。

一瞬見えた逞しい上半身。
脱ぎ捨てた白いシャツから微かに煙草の匂いがした。


「煙草、吸うの?」

「いや、吸わないよ。
客の煙草の匂いが付いてるだけだろ。
俺酒も普段あんまり飲まないし」


お酒飲まないの?
バーテンダーなのに?

「意外?」

目を丸くする私にリョウは顔を近づけて笑った。
黒い髪からもふわりと漂う苦い煙草の香り。
でも確かにお酒のニオイはまったくしなかった。

そういえば、前にお店に行った時も博美のお酒を断っていたっけ……。

お酒を飲まないバーテンダーなんて変なの。
何か飲めないわけでもあるのかな。
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