惑溺
 
……確かに。
鍵を出した時、手帳をテーブルにに置きっぱなしにしてた私も悪いか。

おでこに手を当て、大きくため息をついていると

「本当にお前ぼんやりしてるよな。
お詫びに一杯作るよ。飲むだろ?」

と、私の返事も待たずにカクテルの準備をする。


だから。
鍵を返しに来ただけなんだからお酒なんか飲まないってば。


そう、断ろうと思った。
けれど、リョウのカクテルを作る流れるような動作が美しくて、思わずもうすこしその姿を見ていたいと思ってしまう。

長い綺麗な指が銀色のシェイカーに触れ、光が滑らかな流線を描きながらカクテルをシェイクする。
揺れる黒い前髪の合間から、伏せたリョウの綺麗な瞳が見え隠れして、私は息をするのも忘れて彼にみとれていた。
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