時は今



 鏡の前に座り、メイクをしてもらっている涼は、人形のようだ。身動きひとつしない。

 糸井硝子はロリータ服ブランド、ハルモニ・オン・ザ・ヒルのデザイナーで、涼の叔母にあたる。

 服を作るのが好きだった硝子は、外国のお人形のように愛らしい姪の涼が身近にいたこともあって、「いつか涼ちゃんのような女の子のイメージのブランドを立ち上げるわね」と言って、本当に有言実行してしまった。

 内気な涼がブランド服のモデルという仕事が出来るのも、小さな頃から硝子に服を着せてもらったり、写真を撮ってもらっていたりしたからで、もしそういうことがなければモデルなんかはしていなかっただろう。

「涼ちゃん、素敵。本当、作りがいがあるのよね。可愛いわ」

 硝子は満足そうに涼を見つめ、ご機嫌である。硝子自身はスタイリッシュなパンツ姿である。

 ロリータ服のブランドを持っていても、自分にはこういう服は似合わないからということらしい。

 デザイナーだけに「その人に映える服」を見極める目があるのだろう。

 涼は時計を見た。まだ静和が来ない。

「今日、お兄ちゃんも一緒に撮るの?」

「そう。静和くんも忙しいのに無理させちゃったかしら。でも一枚くらい撮っておいて損はないと思うのよね。静和くんと涼ちゃんが並ぶと映えるから」

 照明を見ていた多田和馬が「硝子さーん」と呼んだ。

「小道具、調整お願いしまーす」

「はーい。…涼ちゃん、もう少し休んでて」

「うん」

 硝子は慌ただしく行ってしまった。

 その後すぐに涼の肩をぽんとたたく手。

「──お兄ちゃん」

 振り返って、涼は笑った。静和は指示を出している硝子を見て、若干圧倒されるように言った。

「お疲れ。すごい…。撮影っていつもこんな雰囲気なの?」

「ううん。もっとリラックスした雰囲気の時もあるの。今日は桜沢静和が来るからって、みんなかしこまっちゃってるの」

「ええ?かしこまらなくていいのに」

 静和の横で忍も顔を見せた。

「涼。これ、差し入れ」

 忍にお菓子を渡された。

「わ…。忍ちゃん、ありがとう」



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