時は今
「…桜沢さん」
「お兄ちゃんのこと話すと、悲しくなるだけだと思ってた」
「悲しくないの?」
「うん。悲しくなかった。どうして?」
由貴は自分はどうだっただろうと考える。由真がいなくなって、普通に由真のことを話せるようになるまではどれくらい時間がかかったのか──覚えていない。
「桜沢さんが悲しくないのなら、いいよ」
「悲しくない方がいいの?」
「さあ…。悲しんでいる人を前にして『困る』という感情を持つ人なら『悲しくない方がいいよ』と言うかもしれないけど。何て言うんだろう、桜沢さんが自然に悲しくならなかったり、話せたりしたのなら、それが桜沢さんにとっては自然体でいられることなんだろうし…」
涼の表情に甘やかなほほえみが浮かんだ。
「涼、会長と話していると元気が出るみたい」
廊下の方から女子のおしゃべり声。
えー何それ姫が?ありえないから。
ガラッと戸が開いて、涼と由貴はそちらを見て固まり、戸を開けて入って来た女子達の方も固まった。女子のひとりが「仲いいし」と先に声を発した。
「えーうそうそ、ふたりつき合ってるんじゃん!これガチでしょー?」
涼と由貴は呆気にとられて、言葉が出て来なかった。
つき合ってる?
「え?つき合ってるんじゃないの?」
数秒のタイムラグがあり、先に発言した女子の後ろから、もうひとりの女子が聞いてきた。
由貴が答えた。
「俺と桜沢さんがつき合っているのかってこと?つき合ってないよ」
それで涼も理解したように言った。
「うん。つき合うとか…涼、わかんない」
由貴もそうだが、涼に至っては由貴以上に恋愛のスキルがなさそうだ。
これで桜沢涼の恋愛スキルがあるといったりした日には、天地がひっくり返ってしまう。