時は今
忍は撮影の邪魔をしてはいけないからと外に出て、木陰の下のベンチに座り、ミネラルウォーターとサンドイッチで少し遅いお昼をとり始めた。
静和と知り合ってから一年半。海外で活動していた静和が日本に帰ってきてからすぐに開いたコンサートに忍は行った。
その時は忍は静和とは面識はなく、知り合ったきっかけはコンサートが終わって後、忍がひとりで家に帰ろうと歩いていた時のことだった。
ガラの良くない男たちに囲まれ、遊ばない?と腕を捕まれた。怖くなって乱暴にその腕をふりほどくと、面白くなかったのか「何だよ、誘ってんのによ」としつこく絡んできた。
その時、背の高い男が忍と絡んでくる男の間に割って入り、忍を掴んでいるその腕を掴み「俺の女に触るな」と高圧的に言った。
コンサートでヴァイオリンを弾いていた、その人だった。日本人離れした体型。その人物に見下ろされ、ガッシリと捕まれた腕は思うように動かせない。
連中は「くそ、男がいるのかよ!」と吐き捨てると、忍とそのヴァイオリニストを残して、夜の街に戻って行ってしまった。
「大丈夫?」
先ほどまでの怖い表情が嘘のように、ヴァイオリニストは優しい表情で話しかけてきた。
「はい」
「気をつけて」
俺の女に触るな、と言ってくれたのは、ただ守ってくれるためにそうした言葉になったのだ、と思った。
少し離れたところから「お兄ちゃん」と声がした。
道の脇に停めている車の窓から、中学生くらいの可愛い少女が顔を出した。
「送ってあげて」
「そうだね」
彼は笑うと忍の方に向きなおった。
「送ります。乗ってください」
戸惑っている忍に静和は安心させるように言った。
「大丈夫ですよ。変なことしたら通報していいので」
「あの」
忍は彼を見上げた。
「さっきのヴァイオリンの演奏、聴いていました。桜沢静和さんですよね。あの…ほんとに、私」
忍は緊張しているのと、どうしていいのかわからない気持ちとでいっぱいになっていた。静和の表情がふわっと柔らかくなった。
「聴いてくれてたんだ。それならなおさら。とにかく乗って」