時は今
第2楽章*森は生きている
[1〜100]
建物が壊れていった。
渦を描いて崩れ落ちてゆく建物と一緒に、幾人もの人が蟻地獄に吸い込まれてゆくように、消えて行った。
黒い帽子を目深に被った黒いコートの老人が、丸眼鏡の向こうから冷ややかな目でこちらを見つめ、指差した。
「次のステーションはお前だ」
はっとして目が醒めた。
涙が頬をつたっている。
(夢──…)
夢というには怖いくらいに現実的な感覚があった。震えが来ている。
由貴はまだ暗い中起き上がると部屋の電気をつけた。時計は午前2時を回ったあたり。
(何だろう、今の──)
考えてもわからなかった。
従兄の四季にメールをしてみようかと一瞬考え、こんな時間にメールで起こすのはどうかと、すぐにその考えを打ち消す。
(少し落ち着こう)
眠れない気分になってしまい温かいものでも淹れることにした。
やかんを火にかけながら脳裏ではまだ、老人の言葉が繰り返されていた。
『次のステーションはお前だ』