時は今
まだ誰もいない早朝の教室。
由貴は自分の席に鞄を置くと、窓際まで歩いて行った。
窓を開けると冷たい空気が流れ込んでくる。
「由貴?」
背後で声。見ると四季だった。
「おはよう。早いね。僕、一番かと思ってたのに」
「うん…」
冴えない表情で四季の手にあるピアノの本に目を落とす。
「弾くの?聴きたい」
四季は時々朝早く来て弾いていることがあるのだ。
「いいけど…。由貴、何かあった?」
「え?」
「顔色良くない」
「あまり眠れなかった。気にしないで」
「そう」
本見ていい?と四季に聞く。四季は由貴に持っていた本を渡す。
由貴は何冊かあるうちの表紙を見て、「あ」と声をあげた。
「グリーグピアノ協奏曲。これ、2台ピアノ?」
「うん。由貴、弾ける?弾けるなら由貴がいい」
「簡単に言うなよ」
「由貴だから言ってる」
「買いかぶり過ぎ」
由貴はため息をつくが、四季は悪びれもなく「とりあえず見てみて」と促した。
由貴は「アルペジオ自信ない」とぶつぶつ言っているが、譜面を見る目は真剣だ。
「どう?」
「練習させてくれるならいいよ。初見は無理」
「OK」
由貴は四季ほどではないがピアノはある程度までは弾いている。
それまでは四季と一緒に連弾も良く弾いていたが、数年前、母親の由真が他界してから何となく弾かなくなってしまったのだ。
「良かった」
「何が?」
「また断られるんじゃないかと思った。由貴、今日はどうしたの?」
「──。わからない。久しぶりに四季と弾きたくなった」
表情は無愛想なままなのに素直な心情を口にする由貴に、四季は思わず顔をほころばせてしまう。
「由貴が可愛いんだけど…」
「可愛い言うな」