時は今
ふたりは器楽室に足を運び、2台のグランドピアノのひとつの前に由貴が座る。
「何か練習曲ない?」
「練習曲…どの程度の?あ、由貴、僕についてきて」
四季はもう1台のピアノの前に座ると、右手と左手の音を揃えて3オクターブ軽く弾いた。
ドレミファソラシド×3。
由貴は四季の弾いた音を聴き取って、同じように弾く。
四季はよどみなくついてくる音を聴いて今度は変奏しはじめる。
「半音階」
「トリル」
「アルペジオ」
「3度」
「3度トリル」
「6度トリル」
「分散オクターブ」
「分散アルペジオ」
四季は何でもないことのように変奏してくるが、由貴はついていくのが精いっぱいである。
それでも。
「腕は落ちてないね」
四季の弾いた音をほぼ正確に弾いた由貴は、四季にそう評され、ほっとした表情になった。