時は今



「家で弾いてるの?」

 四季は由貴の弾く音を聴いてそうとわかったようだった。流石に鋭い。

「うん。最近少しずつまた始めてる」

「何か弾きたくなったの?」

「それもあるけど…」

 由貴は少し考えて答えた。

「自分が何をしたいのか、知りたくなった。四季にはピアノがあるよね。ふと周りを見てみたら、俺の周りの人間は既に自分が何をしたいのかを持っているんだよ。涼も、智も、忍も」

 四季はそれを聴いて「意外」と呟いた。

「由貴は僕から見たら何でも出来そうなんだけど」

「何でも…」

 由貴は持て余すように、手を組み合わせた。

「1つだけ、これと思えるものがあればいいんだけど」

「そうか」

 四季は少し考えて、由貴の頭にポンとグリーグピアノ協奏曲の本をのせた。

「無心に弾いていたら、何か見えるかも?由貴がピアニスト目指してくれるなら、ふたりで連弾ピアニストもいいね」

「ピアノは四季にはかなわないよ」

「あ、その発言。そんなことないからね。由貴の方が手も大きいし素養は高いんだからね」

「手の大きさだけの問題じゃないと思うんだけど…。四季の弾き方は真似しようと思っても出来ないレベルだよ。それは才能じゃないの?」

「それなら由貴は由貴の弾き方をしたらいい話だよ。涼ちゃんだって、涼ちゃんにしか弾けない弾き方していると思うけど」

「……」

 そこで由貴は言葉に詰まってしまった。──そう、結局はそこなのだ。

 ピアノでも、そうではなくても、自分をどう出せばいいのか。

「由貴は器用過ぎて、かえって不器用だよね。連弾でも僕の弾く音にいちばんいい響き方で音を合わせてきてくれる。だから綺麗に響く。それは由貴の才能だと思うけど…。でも由貴はもっと由貴自身の色があってもいいと思う」

「…そう」

「でも僕は由貴のピアノ好きだよ」

「何処が?」

「無意識下で調和の美しさを知っているところ。そうでなければあんな音にはならない」

 四季にきっぱり言われて、由貴は目から鱗が落ちるような思いがした。

 自分では気づかなかった自分。今まで意識したことのない自分が、四季には見えているのだ。



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