時は今
「由貴」
「ん?」
「連弾、仕上げる?それとも他の曲がいい?由貴が弾きたいならの話だけど。今日のでは納得いってないよね」
「…うん」
由貴は窓の外に目を向けた。
「まだ練習量足りない。感情がのせられない。ただ調和しているだけの音なら、機械にだって出来る」
弾いている由貴自身は随分自分に手厳しい。
それだけ理想とする音があるのだ、と四季と涼は理解する。
「でも…ありがとう、四季。久しぶりに四季と弾けて楽しかった」
由貴の言葉に四季が「僕も」と言った。
そこに涼がおずおずと声を発する。
「涼も…。涼も会長と弾きたい」
由貴は驚いて目を瞠る。
「涼と?」
四季は嬉しそうに賛成した。
「いいね。僕も聴いてみたい」
「え…。でも」
「だめ?」
涼の瞳に見つめられると弱いのだ。由貴が観念した。
「…涼がいいならいいけど」
「涼ちゃんは由貴と何が弾きたいの?」
面白そうに四季に突っ込まれて、涼はそこまでは考えていなかったのか「えっと…」と答えあぐねる。
「会長の好きな曲」
由貴がまた頭を抱えそうだ。四季は涙混じりに笑いながら由貴の肩にぽんと手を置いた。
「頑張って、由貴」
「他人事だと思って」
「最愛の姫君にご要望を受けるなんて幸せじゃない?」
そろそろ教室に戻ろう、と四季が本を片づけ始めた。
不意に夜中に見た夢を思い出して、由貴は四季を見る。
「四季」
「何?」
四季はそういう不安を抱えたことはあるだろうか。
あの夢を見た時のような──絶望感。
「どうしたの?」
そういえばよく眠れなかったと言っていたことを思い出して、四季は心配げな様子になる。
由貴は涼も心配そうに見ていることに気づいて、言葉にするのをやめた。
「ごめん。何でもない」