時は今



 その時、大人びた響きの声が四季を呼んだ。

「──四季」

 揺葉忍が歩いてくるところだった。

 忍は音楽クラスで、四季・由貴・涼・智とは別のクラスである。

 四季は編入する時に音楽クラスにするか進学クラスにするかで迷い、由貴と同じ進学クラスに進む方を選んだのである。

 四季は忍に他の女子とは少し違った印象を抱いている。

 転校してきて間もない頃、器楽室でピアノを弾いていたら忍がそのピアノを聴いていて、途中で弾けなくなってしまった自分に、忍がたった一言、言ったのである。





「そこで自棄にならないようにね」




 長く弾けない時間があった。弾きたくても許されなかった。

 それで本当に久しぶりに鍵盤に触れられた時は、以前のようには弾けなくなっていた。

 弾けなくなっているかもしれないと覚悟はしていたけれど、やはりショックは大きかった。

 でも、揺葉忍という人間は、そうした心の内を話したわけではないのに、ピアノを聴いていて何かを感じ取ったのか、そう言ってくれたのだ。



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