時は今
由貴と四季は朝来た器楽室に来ると、窓際に椅子を引き寄せてきて座った。
四季が窓枠に頬杖をつき目を閉じる。
「四季、大丈夫?」
「うん…少し疲れた」
「とりあえず何か食べれば?持たないよ」
普段から四季は食欲が旺盛な方ではない。由貴は四季におにぎりを手渡した。
「食べられなかったら今日は教室に戻ってこなくていいから」
「えー?」
「えーじゃないよ」
由貴は勝手に四季の持っていた弁当を開け始める。
「これ作ってるの?」
「ほとんどは前日の残り物」
四季の家は料亭で、旅館も経営している。ごはん・煮つけ・揚げ物・和え物が綺麗に詰められているのを見て、由貴は「いいな」と言った。
「何もしなくてもこういう弁当が用意出来るって」
母親が他界して以来、家事は由貴がひとりでしているようだ。由貴の気持ちを察した四季が穏やかに言った。
「食べていいよ。僕はこれでいいし」
「足りるの?」
「うん」
四季は由貴のおにぎりを美味しそうに食べている。由貴はありがたくいただくことにした。
「由貴がコンビニのおにぎりってめずらしいね。今日、何かあった?」
「弁当作る気分じゃなかった」
由貴は家計をやりくりしているせいか、コンビニを利用している姿はあまり見かけない。
「お母さんがいないと大変だね」
「んー…。もう慣れたけど。親父に料理させたら、かえって大変だし」
「おじさん料理するの?」
「たまにしたくなるみたい。でも食べられないから」
四季は状況が目に浮かぶのかクスクス笑う。由貴が「笑いごとじゃないよ」と言った。
「早瀬さんは料理上手いのに、うちの親父何であんななんだろう」
「でもおじさん、由貴を溺愛してるよね」
「…それも困ってるんだけど」
物心ついてから、由貴は父親に怒られるという経験をほとんどしたことがない。あの時一度くらいだろうか、ひどく怒られたのは。
それから、父親の隆史は親バカなくらいに由貴を大事にするようになり、由貴は由貴で父親に心配されないような人物でも目指すかのように今の由貴になっているのである。