時は今
「それより、話って?」
「ああ…。由貴、この譜見て」
「?」
由貴は四季から楽譜を受け取りゆっくりとめくってみた。
「これは?」
「忍から…というより、音楽科からの依頼があった。僕、体育の授業はまだ許可おりてないでしょ?その時間、音楽科のピアノに回れないかって。音楽科は12月に定期演奏会があるみたいで、その時にこの曲を演奏するみたい。それで、この曲の編曲者の名前聴いて驚いたんだけど…桜沢静和・桜沢涼編曲だとか」
「え──」
由貴は信じられないといったような表情になる。
「これを涼が?」
「そう。オーケストラ編曲が桜沢静和で、ピアノ編曲が涼ちゃん。初見で見た限りではかなりの難曲だと感じたんだけど…忍が、僕になら弾けると思ったって、そう言って渡してくれた」
「……」
「由貴、何かこの曲について知っていることある?」
「ないよ。初めて聴いた。だけど…」
由貴は楽譜から目を上げ四季を見た。
「桜沢静和──涼のお兄さんは、忍の元恋人だよ」
「え…」
四季は息をのむ。由貴はまた楽譜に目を落とす。
「忍、何考えているんだろう。…大丈夫なのかな」
「大丈夫って?」
「忍は桜沢静和が亡くなって直後に消息を絶っているんだよ。理由は桜沢静和が亡くなったのが自分のせいかもしれないから。忍はあの容姿だし声もいいし…当時、悪質なストーカーに追い回されていたらしい。それと関係があるのかはわからないけど、その時忍の恋人だった桜沢静和が車事故で亡くなってる」
四季の方も初めて聞くその話に緊張した面持ちになる。由貴は話を続けた。
「表向き、その時の事故は対向車線から来た居眠り運転の車との衝突、ということになっている。でもそれから1年経って俺と涼がたまたま忍と出会って…忍に姿を消した理由を聞いたら、桜沢静和が亡くなって後、自宅に電話がかかってきたらしい。『あんた消えて。今度は桜沢涼を消そうか?』って」