時は今
四季は深刻そうな表情になる。
「ちょっと待って。それで何処に身を隠していたの?その前に忍を心配する人いないの?忍、家族は?」
「家族は母親がひとり。父親は外国人。離婚してる。母親は離婚してから別の男とつき合っていたみたいで、忍は家ではほとんどほったらかしにされていたらしい。母親は今は何処に住んでいるのかわからない」
「……」
「忍には謎が多いんだよ。俺が初めて忍を見たの、何処だと思う?言っても信じないと思うよ」
「何処?」
「木のてっぺん。そこに人がすっと立っていて、それが忍だった。その時涼が横にいたから、涼にもその姿が見えて、俺の目がおかしくなったんじゃないと認識出来たけど」
由貴の話は想像も出来ないような方角へいきなり飛躍したが、四季は顔色を変えなかった。
頭の中を整理するように「現に由貴も忍も生きているから信じるも信じないもないけど」と言葉にする。
「忍は今、何処に住んでいるの?」
「涼の家。涼とは当時から面識があったみたいで、涼のお父さんが静和の恋人だったならって、桜沢の家に来なさいって言ってくれたみたい」
そんなことが──。
四季は自分のいる境遇とはまったくかけ離れた道をたどってきている揺葉忍という人間を思って、それがさっき言葉を交わしていた忍のことだとは思えなかった。
「…この楽譜は忍がずっと持っていたのかな」
由貴がぽつりと呟く。亡くなってしまった恋人の書いた──。
四季はこの曲のことを語っていた時の忍を思い出していた。
遺作のまま眠らせたくはないと語っていた眼差し。
「だと思う。忍が桜沢静和の遺作だと言っていたから。忍が涼ちゃんの家に住んでいて、定期演奏会に音楽科でこれを演奏するとしたら、涼ちゃんももしかしたらこの曲について知っているのかもしれない。忍は桜沢静和の発表出来なかった作品を自らの手で発表したいのかも」