時は今



 3月9日。雨。朝からの雨は夕刻になってもまだ降り続いていた。

 由貴が居間で新聞を広げテレビ欄を見ていると、たまたま映っていたニュースが車事故を伝えてきた。

 ニュースキャスターの語る声に「え?」と思いテレビに目を向ける。テロップに表示された名前。



 死亡 桜沢静和(24)



「──」

 由貴くんどうしたの、と父親の隆史が声をかける。

 テレビの前に棒立ちになった由貴は「…嘘」と呟いた。

「この人…俺、昨日会った」

「え?」

「桜沢静和。ヴァイオリニストの。昨日、四季と学校を見学している時に、音楽室で偶然」

 それ以上何て言っていいのかわからない気分で、報道されるニュースを最後まで見る。

 何を観ようかと思っていたはずの気持ちは、次のニュースに移る頃には消滅してしまっていた。

 事故は対向車線から来た居眠り運転の車との衝突。

 亡くなったのは、桜沢静和、桜沢静、澤村孝平、長谷川隼人。

 意識不明となっているのが、桜沢涼だった。

 桜沢涼。今度高校1年になると言っていた。その子が。

「──由貴くん」

 由貴の表情の変化に気づき、隆史が気遣わしげに名前を呼ぶが、由貴はテレビを消すと自分の部屋に戻った。

 桜沢涼。

 無事であって欲しいと思った。

 新学期にその姿が学校で見られますように。



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