時は今
殺風景なほどに何もない部屋。忍はバイト代で買った服をクローゼットからとると袖を通した。
涼の誕生日なのだ。
母親の葵は今日は帰っては来ないことはわかっていた。そもそも家を空けることの多い母親だ。
何処に行ったのか、帰っても来ない男との間に出来た子供である自分と、せまいアパートでふたり顔を会わせているよりも、男の家にいる方がいいのだろう。
忍も葵が帰って来ない日は涼の部屋に泊まることが増えていた。
最初は遠慮していたのだが、涼に「忍ちゃん、泊まって行って」と笑顔で言われると、それを断るのも申し訳ない気分になり──いつしか静和や涼の家族の輪の中にいるようになってしまっていた。
出かける前、ガスの元栓が閉まっているかを確認している時だった。
電話の音が鳴り響いた。
(誰だろう)
忍の家には滅多に電話などかかって来ない。誰もいないことが多いからだ。
静和や涼なら携帯にかけてくるはずだ。
静和と出会う前とは違い、忍はバイトをして携帯を持つようになっていた。
すぐに切れるかと思って放っておいた。セールスか何かの電話なら話をするだけ無駄だ。うちにはそんなお金なんてないから。
電話は途切れなかった。鳴り続けている。
忍は受話器を取った。
「──はい」
『揺葉忍か?』
ぶしつけに男の声。忍は眉をひそめる。
「誰?」
『テレビをつけてみろ。ニュースを見ればわかる』
…切れた。
「何…?」
気持ちの悪い電話。忍は滅多に観ることもないテレビの電源を入れる。
時計を見るともうすぐ18時になるところだった。確かにニュースを観るのならいい時間帯だ。どの放送局でもいいのだろうか。
忍はニュースをしているチャンネルに合わせしばらく観ていた。
数分後、忍は青ざめてテレビの前に座っていた。
(静和、涼…)
思考なんか働かなかった。
「──」
よくわからないまま、ふらりと立ち上がった。
(行かなくちゃ)
何処の病院だろう。
忍は携帯を開く。カタカタと自分の手が震えていることに気づいた。
(あの電話は何だったんだろう)
──怖い。
家を出た。タクシーを止めた。得体の知れない何かに追われている気がして。
忍は桜沢の家に向かった。