時は今
「ううう…さらば友よ…」
四季以外は描き終わっていなかったらしい。本田駿たちは席に戻って行った。
四季の絵を見ながら、若槻雅人が歩み寄って来た。
「──上手いね。もしかしてお父さんて、明日見祈?」
四季は驚いたように「はい」と雅人の顔を見る。雅人は笑った。
「絵のタッチが似てる。祈は俺のひとつ下なんだけど、やたら絵が上手い子でさ。覚えてる。同じ美大に来てくれるかと思ったら、来なくてさ。かなりショックだった」
あの才能はほんの一握りの人間しか持っていないのにさ、と口惜しそうだ。
「先生も白王の出身なんですか?」
「うん。美術部で一緒だった。お父さん元気?つっても、祈がお父さんとかって未だに信じられないんだけど」
「元気です」
「そうか。──もうあの絵見られないかと思ったけど…。何か嬉しいな。君がこういう絵を描いてくれると」
雅人の表情を見て、四季は不思議な気分になった。無意識に描いた絵をそんなふうに褒めてもらえるとは思ってなかったのだ。
祈の持って生まれたものを自分は受け継いでいるのだという歴史があるのを感じた。
「祈、まだ描いてる?」
「はい。庭先でよく。僕の名前、父がつけてくれたんです。結婚してじきすごく大変で、でもうちの庭を見ていて季節が移り変わって行く様子が綺麗だった、癒されたからって」
「はー。心憎いことするねぇ。息子の名前に絵を描いたか?」
言われて、四季は自分の名前にも重みを感じる。
祈は自分がいることが生きる力になっていたのだろうか。
「君はピアノ弾いてるんだっけ。相当上手いらしいけど。でもこれ、この方面の才能も惜しいな。絵を描く気はない?」
「今はピアノが僕の人生になっているので」
「親子共々つれないねー」
「すみません」
「いいさ。描く気があれば声かけて。あ、お父さんにも‘まだ描く気があるなら俺の目につくところに出せ!’って言っといて」
「ふふ。はい」
雅人にスケッチブックを返されて、四季は自分の絵を改めて見てみた。
祈の絵を見てきた自分。祈の目に映るもの、感性で感じとっていたものに、自分も無意識のうちに共鳴していたのだろうか。