時は今
春休み。由貴は従兄の四季を誘い、春から通う白王高校の下見に出かけた。
ふたりで歩いていると兄弟か双子のように間違えられる。顔立ちが似ているのだ。
顔馴染みのパン屋を通り過ぎようとしたところで、パン屋のおかみが店先で声をかけてきた。
「あら、由貴くん。お兄さん?あらーかわいい。ふたりとも」
四季がにこっとした。
「従兄です」
「まー、そうなの?ああ、これ持って行って。いつも買ってもらってるから」
遠慮する隙を与えられないまま、パンの入った紙袋を持たされてしまう。
お礼を言って歩き出した。
「四季、むやみに愛嬌ふりまいたらダメだよ」
由貴が釘を刺した。
「え?別にふりまいてないよ」
「ふりまいてないつもりでも、四季の雰囲気がそうなんだよ」
四季は何処か無防備というのか、誰にでも人懐こい笑顔を向けてしまうようなところがある。
本人にその自覚はあまりないようだが。
桜の開花はまだ先で、つぼみのついた桜の並木道をふたりは歩いて行く。
「ここ、開花してから来たら綺麗だろうね」
「校内も桜の木、結構あった」
「ほんとに?」
咲き初めてからまた来てみよう、と四季は嬉しそうだ。
階段にさしかかる。この階段を登った先に高校があるのだ。
その時ふたりの目にオフホワイトの制服のコートを着た少女が映った。
「あ──白王の」
「中等科かな?可愛い」
小柄な少女が階段を降りてくるところだった。手に大きな本を何冊か抱えている。その後ろから犬が降りてきた。
ワン、ワンワン。
「きゃ…っ」
急に犬にじゃれつかれて少女は驚き、その場に本を落としてしまった。
「大丈夫?」
ふたりは駆け寄り本を拾う。本の表紙に目をとめ、四季が興味をひかれたように呟いた。
「ショパン」
四季は音大附属の高校に通っていて、ピアノが弾ける。見ると、少女の落とした本はすべてピアノの本だった。
「──ピアノ弾いてるの?」