時は今
音楽科は短距離のタイムを計っている。
走っている忍なんてそうそう見られるものでもない。
(覚えておこう)
本人に断りなく描くのは気がひけたため、四季は美術室の窓から景色だけを描き始めた。
しばらくして「あれ、四季くんだ」とタイムを計り終えた望月杏が声をあげた。
「四季くーん」
手を振っている。四季は手を振り返した。
「ゆりりん、四季くんたちのクラス、絵描いてるみたい。行ってみよー」
「え…。ち、ちょっと、杏」
「じゃあ私も行くー」
佐藤ほのかもくっついて来た。
杏とほのかに腕を引っ張られて、忍は四季のところまで来てしまう。
四季にとっては意外なところから舞い込んで来た幸運ではある。
「四季くん何描いてるのー。わ、綺麗!」
「ねぇねぇ今から杏たち描いてくれるの?」
「描いてもいいの?」
「いいよー」
「忍は?」
四季に問われて、忍は「え?」と答えを返す。絵に見入ってしまっていたのである。
「うん。四季がいいなら。すごい。四季、絵、上手いんだ」
ただそこにある風景を描写しただけなのに、忍はいい風景を見た時のように生き生きとした目をしている。
(僕には忍がいる風景が特別に思えたから描いたんだけど)
その特別が本人に返っているようで嬉しい。
「手、大丈夫?」
「うん。ごめんね。本当は音楽科の責任だから四季が病院に連れて行ってくれることなかったんだけど」
「ううん。僕が心配だったから。滝沢先生は小さい頃から何かあった時診てもらってるから、今度の診察料はいいって」
「ほんとごめんね、四季くん。妹さんにも」
杏たちは謝った。
忍は四季の顔を見ると「四季に怪我がなくて良かった」と言葉にした。
「私には失うことは怖いことだから。四季の音が無くならなくて良かった」
「──忍」
忍が何故護ってくれたのか、わかった気がした。
一度静和を失っているからだ。それで我が身の危険も顧みず。