時は今
放課後、由貴を練習に誘おうか迷っていると、由貴の方から声がかかった。しかも涼も一緒に弾くという。
「え?涼ちゃんと練習したの?」
驚いて聞き返す四季に、職員室に戻ろうとする綾川隆史が「怖いよー、この子たち」と言った。
「昨日、僕が家に帰ってきたら由貴くんも涼ちゃんもピアノ弾き疲れて倒れてるの。しかもその後も、あの音はこうした方がいい、ここはこう弾いた方がいいって楽譜にばんばん書き込んで、涼ちゃん、昨日一日で連弾の楽譜作っちゃってるの」
「まだ50パーセントだよ」
涼がおとなしげな顔でさらりと言う。由貴が「涼、第2ピアノはもう変えないでいいよ」と頼み込んだ。
「これ以上難度が高くなったら、俺弾ける自信なくなる。第1ピアノなら超絶技巧入れていいから」
「……。四季くん、大丈夫?」
涼の困ったような眼差しが四季に向けられた。四季は戸惑う。というのは初めて楽譜を見た時に、これは明らかに身体に負担があるだろうと感じるようなレベルの楽譜である。
そんな楽譜を作る編曲者が妥協のような楽譜で納得するわけがない。
「えーと…。大丈夫ってすぐには答えられないけど。努力はする。まずは聴かせて?」
「うん」
涼は楽譜を抱えて歩き始めた。ピンとのびた背筋。
普段は可愛い桜沢涼だが音楽のことになると表情が変わる。
四季も人のことは言えないのだが、由貴の様子を見て同情してしまった。
「お疲れさま。大変だったの?昨日」
「──うん。面白かったけど。四季も負けないで。涼、半端じゃないから」
負けないで、という言葉が出てくるあたりが、その時の様子を物語っている。
「肝に命じておく」
四季も背筋をのばした。