時は今
涼と由貴が連弾をするという話を聞いて、音楽科は騒ぎ出した。
「えー杏も聴きたーい」
「まだ編曲中だって」
「わー余計聴きたーい」
「俺も聴きてー」
聴くのは四季だけの予定だったはずが、いつのまにやら音楽科2年のほぼ半数が聴衆という事態になってしまった。
「嘘…。緊張する」
由貴は楽譜を抱えて表情がこわばってしまっている。四季が暗示をかけるように言った。
「今から由貴は涼ちゃんのピアノ以外何も聴こえなくなる」
「涼のピアノの音…」
由貴は集中するように目を閉じた。
「大丈夫?」
「大丈夫。昨日の音。まだ残ってる」
「うん。弾いておいで」
ぽん、と四季に背中を押された。編曲者の涼はいつもとは別人のようにピアノの前に座っている。
昨日は1台で弾いたが、今日は2台だ。お互いの弾いている鍵盤は見えない。
距離感。
響いていた音。
呼吸。
ふたりの指が鍵盤を叩いた。
──合えばいい。
わっと広がり出す繊細な音のきらめき。木漏れ日。葉ずれの音。
さあここから、物語が始まる。
しん、となった。
涼のピアノのあふれるような音の波を由貴のピアノが波紋のように響かせて行くのだ。
呼吸が合っている。
(由貴、涼ちゃんのピアノを理解してる)
四季は由貴の洞察力のすごさと感度の良さに感心する。
協奏曲は技巧ではない。相手の音を聴くことと、その音に最も相応しい音を奏でられるかだ。
(すごい、由貴)
たった一日練習しただけでここまでついて行けるのは、腕だけの問題ではない気がする。
(それだけ涼ちゃんのことを想っているからだ)
思いは力になる。
本当にそうだ。