時は今



 四季と同じように、けれども立ち位置の違うところで、深く聴いていたのが忍だった。

(由貴の音──)

 涼と由貴の音が響いている。

 もうそれだけで、忍の心を揺るがすには十分過ぎるものだった。

(良かった)

 静和の音楽が涼と由貴の手で紡がれている。

 「涼の恋人が弾いてくれているんだよ」と言うと静和はどんな顔をするだろうか?





 ほろ、と涙がこぼれてきた。

「ゆりりん?」

 ほのかが忍の表情に気づいて心配そうに声をかける。忍は「ごめん」と小さく言った。

「気にしないで」

「…うん」

 忍の恋人の作った曲だということをほのかは知っている。

 ほのかは忍の手を握った。

「良かったね、ゆりりん。この曲出来て」

「うん」

 忍の中ではもうひとつの感情が心を締めつけていた。

(もう十分だよ)





 由貴のことは忘れなければ。



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