時は今



 演奏が終わって後の音楽室には余韻が残り、中には練習をし始める生徒もいる。

「すごい。綾川良かった」

「由貴お前、四季も桜沢さんも連れて音楽科来たら?」

 ピアノの周りを音楽科の男子が取り囲む。由貴はマイペースを崩さない。「涼だから合わせられたんだよ」と言った。

「会長」

 胸のつかえが取れたような表情で涼が手を差し出した。

「ありがとう。会長と弾けて良かった」

「…うん」

「楽譜、完成したらまた弾いて欲しい」

「わかった」

 ところで──。

「四季は?」

 見回す。四季の姿がない。

「忍ちゃんもいないの」

「え?」

 ピアノに集中していた涼と由貴は、忍と四季がいなくなったことに気づいていなかった。

 そこに佐藤ほのかが来る。

「ゆりりん、泣いていたよ」

 由貴と涼は佐藤ほのかを見る。佐藤ほのかは俯いた。

「泣いていたから、手を握ってあげたの。ゆりりん、この曲は大切な人の曲だって言ってたから。それで、その人思い出して泣いてると思って。それでしばらく聴いていたんだけど、ゆりりん、途中でつらくなっちゃったみたいで、外に出て行っちゃったの」

「──四季なら」

 それまで黙っていた舘野馨が教えてくれる。

「揺葉さんが外に出て行った後に四季も出て行ったよ」

「──。ありがとう」

 由貴は携帯を取り出すと急いで電話をかけた。心配だった。メールという余裕はなかった。





 着信。四季はおそらく来るだろうと予測していた電話に出る。

「由貴?」

『四季?そこ何処?忍も一緒?』

「──うん。ごめん。演奏、最後まで聴けなかった」

『いいけど。無事なんだよね?』

「うん。大丈夫。──また後でかけ直していい?」

『わかった』

 由貴なりに察したのだろう、それで通話は終了した。

 夕暮れ。少し肌寒くなって来ている。

 気を失っている忍を片腕で抱きかかえて、四季は「忍」と呼んでみた。

 風邪でもひかせたらいけない。

 二度目の呼びかけで忍はうっすらと目を開けた。



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