時は今
にわかにはそこが何処なのかわからない。すぐそばに人がいる。あたたかい。
人の腕の中にいるのだ、と理解して忍は真横にいる人物を凝視してしまう。
「……」
忍は寝起きの子供か何かのように止まってしまった。
四季は「大丈夫?」と問いかける。忍の髪を直してあげると、忍はいたたまれなさそうに目を伏せた。
「──ごめん」
「謝らなくてもいいけど」
四季はさっきのことを思い出して、どう聞いていいのかわからない気分になった。
「──よくあるの?さっきみたいなこと」
「……」
「自分でもよくわからないとか?」
「……」
忍は答えを返すのでもなく四季を見つめた。
「──怖くないの?」
「怖いって?」
「気がついたら高い所にいたりする人間、怖くないの?」
「──。怖くないよ」
四季は何でもないことのように言った。
「もしそこから落ちたらとか考えてしまうと心臓には良くないだろうけど、気がついたら高い所にいるとかは忍がそうしたくてしているわけじゃないんでしょ?」
「……」
忍はまた無言になる。困ったね、と四季は笑った。
「僕は忍を抱きしめていられるだけでも良かったけど」
忍はぼんやりと、穏やかな音楽でも聴いているように四季の声を聴いてしまう。
「四季、何かお話して」
「お話?どんな?」
「忘れさせてくれるようなお話」
忍にしてはめずらしく素直に甘えるようなお願いの仕方だった。
叶えてあげたい気持ちはあるが──。四季は少し考えて「難しいよ」と答えた。
「僕の話をしたら由貴が出てきてしまうし、音楽の話をしても桜沢静和が出てくるだろうし」
「…そう」
「本でも読んであげようか?」
「本?」
「朗読。声に出して読んでみると面白いよ。聴いてみるのも」
「本があるの?」
「図書館にね」
「──ここがいい」
「忍、わがまま」
「うん」
わざと言っているらしい。ほんの少し忍の表情に笑顔が見えた。