時は今



「──…っ」

 弾き終わって後、忍がわずかに顔を歪め、ヴァイオリンを下ろした。

 それで智がはっとしたように言う。

「そういえば忍、お前、手…」

「忘れてた」

「忘れてたじゃねーだろ!」

 信じられない。智は忍の手をとる。震えている。

 四季もふらりと立ち上がると、忍のそばに来た。

「見せて」

 忍は生気の戻ってきた目でほほえんだ。

「このくらい平気」

 四季はその目を見て、安心したように言った。

「忍のヴァイオリン、初めて聴いた。良かった」

 忍は四季を見上げる。

「私のヴァイオリンを聴くのは初めて?」

「ううん。以前聴いた時は今日聴いたヴァイオリンの音じゃなかった。とても綺麗だったけど。──でも今の音が忍の音だよね。だから忍のヴァイオリンを聴くのは初めてだと思う」

 忍はそう言われて嬉しそうに言う。

「四季にはわかるんだ?」

「わかるよ」

 智がふう、と息をつく。

「あのー。素敵な音楽間近で聴けて、すげー贅沢な気分味わわせてもらったあとで失礼なんだけど。お前らちょっと身体酷使しすぎ。もすこし自分いたわれよ?四季、お前も手、震えてる」

「あ…」

「ってお前も今頃か!」

 まったく、と智は怒っている。四季と忍は言い返せない。

「さて、帰りますか」

「…智、一緒に帰っていい?」

「ん?いいけど」

 忍は四季を見ると「ありがとう」と言った。

「家についたらメールする」

 智が瞬きする。

「おや。いつからメル友なんですか?」

「つい最近。ね?」

「うん」

 「へー」と智は納得してみる。忍の方から四季にメールをすると言っているのは、悪い傾向ではない。

 一緒に帰っていい?と智に聞いてきたりするのも、四季を早く休ませてあげたいという気遣いなのかもしれない。

「ふははは。悪いねー、四季。今夜は貴様の姫君は私が拐って行くぜ」

 がっしりと忍と腕を組んだ。

「と、智?」

「積もる話は帰り道でさせてもらうぜ。四季、忍とは話してもいいよな?」

「──うん」

 四季はふわっと表情を緩める。

「吉野さんがいて良かった」



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