時は今
「四季くんとつき合うことになった?」
望月杏と佐藤ほのかが忍の話にぽかんとなった。
「え?それって四季くんの方からってことだよね?」
望月杏が確認する。桜沢静和の曲の初演を考えている忍がとは、まさか考えられなかったからだ。
忍は頷いた。
「──私もいつまでも同じところに留まっているわけには行かないし。昨日四季のピアノを聴いていて思ったの」
「…そっか」
昨日、忍が泣いていたことを気にかけていたほのかは「良かったね」と言った。
「あの時、四季くん、ゆりりん追いかけて行ったから。もしかしたら四季くんはって、ちょっと思ったの」
望月杏が「そうなんだー」と少しがっかりしたように呟いた。
「四季くんはゆりりん見てたのか。まあ、四季くんが好きになったのなら仕方ないか」
忍に気合いを入れるように肩を叩いた。
「ゆりりん、四季くんの彼女なら堂々としてなきゃだよ。気合い入れてないと四季くん狙ってる子まだいっぱいいるから」
「き、気合い?」
「そ。まあ、でもゆりりんは他の女子よりは普通に大人だし大丈夫とは思うけどね」
「…大人って」
そんなに大人でもないんだけど、と忍は正直に言う。杏は「そんなに深く考えなくてもいーの」と言い切った。
「ほんとに中身が子供なら、そんなに大人でもないなんて微妙なニュアンスの言葉は出てこないの」
それはそうである。忍は殊勝に「はい」と返事した。
「そっかー。四季くんとゆりりんがねー。それはそれでいいんだけど、別件がちょっと心配かも」
「え?」
「高遠さん。高遠さんて傍目にもわかるくらいゆりりんにライバル意識強烈でしょ。昨日ゆりりんと四季くんが学校で曲合わせてたの聴いていて、キレてたって」
「……」
忍はそこまで気が回ってはいなかったのか困惑した表情になる。
ほのかが「ゆりりん」と力づけるように言った。
「こんなことで彼女やめるとか絶対だめだよ。四季くんはたぶんゆりりん守ってくれると思うから、ゆりりんは四季くんについて行きなよ」
「──うん」
忍もほのかの言葉を聴いてそう思った。
何も言わずにただ抱きしめていてくれた手。あれは自分を守ろうとしてくれている手だった。