時は今
風の揺らす木立の中を、柔らかい光の波の中を、紡がれてゆくあなたの歌。
いたずらに心を枯らそうとするものよ、悲しみを連れてくるものたちよ、愛するものの声を聞け。
愛はそう簡単に壊されたりはしないと。
そら、聞いたか!愛だとさ!
間に愛だ、音を被らせ、根に被らせ、値踏みをしてくる者達のお通りだ!
さあ、愚か者は誰だ。
金持ちか!高慢ちきか!女ったらしに、強欲ババアか!
盛時に政治を動かしているおエライ連中か!
妖精を夭逝扱い、そうさ、おいら達は要請を賜った罪を数えるお役目をもらっているようなものさ!
お前の罪を数えろ!
──軽やかな歌声がピアノの音に乗った。
「──…?」
オペラのアリアほどとっつきにくくはなく、ミュージカルというほど劇的でもなく、今この瞬間を絵本でも見るように楽しんでいる歌声が聴こえてくる。
本を読んでいた隆一郎が私室から出てきた。歌の聴こえる方に歩を進めていたが、その間誰にも会わなかったので、回廊の向こう側にある四季の部屋の前まで来てしまう。
「──何だね?」
部屋を覗いて、丁度中にいた早織と詠一に声をかける。
「あら、あなた。めずらしい。四季さんのお友達が歌ってらっしゃるんですよ」
四季の恋愛関係にまでまた厳しく口出しして何か障りをきたさないかと思慮した早織が、そんな言い方をする。
「白王の生徒か?」
「そうですよ。いいじゃありませんか。お友達が何処の学校かなんて」
「……」
いい声だった。隆一郎はもう少し部屋に立ち入り、歌声の主を、その姿を目にした。
綺麗な黒髪の女生徒だった。「昔のお前のようだな」と隆一郎は早織に言った。
「まあ、嬉しい。それは褒め言葉ですか?」
隆一郎は何も言わず、しばらく聴いた後、部屋を後にした。
──隆史が出て行った時のことを思い出していた。