時は今



 忍は「そう」と優しい表情で言う。

「今度遊びに行こうか?」

「え?」

「四季と、由貴と、涼と、智と、私で。遊びに行ったこと、まだないよね」

 四季は好奇心をかられたように「楽しそう」と言った。

「何処に行くの?」

「んー…何処がいいんだろう」

「忍は何処行きたいの?」

「そうだね…。植物園?庭園?」

「庭園好きなの?」

「四季の家のお庭が綺麗だったから」

 忍は何気なく発したようだが、四季には嬉しい言葉だった。

「四季は何処に行きたいの?」

 忍に聞かれて、四季は考え込んだ。行きたいところ──。

「忍となら何処でも楽しいと思うんだけど」

 自然にそんな言葉が口をついて出ていた。忍が恥ずかしそうに俯く。

「──そう」

 四季はその忍の反応を見て照れてしまう。

「──ふたりきりのところ、なんだけど」

 丘野樹が話しかけにくそうに、ふたりの会話のそばから声をかける。

「ピアノ弾いていていい?文化祭の練習もあるから」

「ああ、うん」

 樹は床に転がっている由貴に目を落とした。

「この間の演奏、良かった。由貴と桜沢さん」

 そこで言葉を切り、四季と忍を見る。

「四季と揺葉さんも」

 樹は笑みを浮かべた。四季は「聴いていたの?」と訊く。

「──うん」

 言葉少なにそう答え、樹は戻って行く。

 丘野樹は音楽科2年ではピアノの腕はかなりのもので、四季や涼が出るようなコンクールにも普通に出ているような人物である。

 「森は生きている」で丘野樹がピアノ奏者の候補に上がらなかったのは、樹が指揮者を希望したからだ。

 樹は指揮者志望なのである。それで、こういう機会でもなければ高校生が指揮棒を振ることもないであろうチャンスに果敢に挑んで来たのだ。



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