時は今



 樹のピアノが流れ始めた。合唱曲。音楽科2年が作った曲だ。

 桜沢静和・桜沢涼編曲の「森は生きている」に触発されて作ろうということになったのだ。

 楽譜を書いたのは丘野樹。音楽科2年クラス担任の白石晶は「今年の2年生は見ているだけで面白い」と喜んでいる。

 春に揺葉忍、9月には綾川四季が編入してきたこともあるからか、それに刺激を受けている生徒たちが活発に動いているのである。

 四季は樹のピアノを聴き始めた。しばらくして「指揮者の弾き方だね」と言った。

「指揮者の弾き方?」

「うん。リサイタルにはなっていない。歌のためのピアノを心得てる。勉強してる」

 聴きながら四季も勉強しているようだった。音に生きている人だ。その感覚は忍もよくわかる。

 舘野馨が歌っている。男声ソロ。ピアノ伴奏との響きが美しい。

 やはり、音楽はいい。

 忍は吸い込まれるようにそれに聴き入っていたが──。

「揺葉さん、四季」

 一曲弾き終わった丘野樹がふたりを呼んだ。

「由貴を起こして。全員に歌わせてみたい」

「えー?」

 と言ったのは、音楽科全員である。

「何で何で?この曲全員で歌うの?」

「歌わないけど。でも各々のパートの楽器だけ合えばいいってものじゃない。呼吸が合うことが大事。楽器はともかく、ここにいる全員声は持っているでしょ?」

「丘野ー」

「なら指揮棒振ってみる?イヤなら歌う」

「樹、後でお前も歌わすからな!」

「いいよ」

「うわ余裕?ムカつく」

 何か面白いことになってる、と忍が笑った。

「四季、歌はうたえる?」

「…それなりに。由貴」

 起きて、と四季が由貴の身体を揺する。

「怖い音楽監督が、歌わないとひどいからなって」

「──…う…ん。何?歌?ええ?ピアノじゃなくて歌?何で?」

 まだ眠そうに起き上がった由貴が訊く。丘野樹が「コラ」と四季を見る。

「誰が怖い音楽監督だ」

「流石だね。指揮者の耳はこうでないと」

 四季がにっこりして、由貴はわけがわからずぼーっとしている。周りは笑った。



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